2012年01月19日

老い

私は見知らぬ人によく声をかける
挨拶をしたり何かを話しかけたり
誰と言う事はないがそのときの雰囲気だ
小さい子やお年寄り年齢は問わない
これが結構様々な気付きがある

先日病院へ風邪をひいて行ったとき
待合室でいすに座っていたら
私の前をおばあちゃんが通って
横にあったマガジンラックに
本を戻そうとしていた
なかなか戻せなくていたときに
戻してあげた
「おばあちゃん風邪でも引いたの?」
と聞いたら津軽弁で

「ボケでさね」
「日にちも曜日もわからなくなるときもあって・・・・」
「おばあちゃんそんなの私なんかしょっちゅうだよ」
「でも名前もかけなくなるときもあるのさ・・・・・」
慰めたつもりが
後が続かない・・・・

後で思った
「現実」
誰にでも必ず来る「老」
自分にも近い将来必ず来ると
                         拝
  
Posted by kkusumi1222 at 18:36Comments(0)TrackBack(0)人生

2012年01月05日

新年

新しい年が明けた
昨年大きな震災が起きて
早いもので9ヶ月が過ぎようとしている
今回の震災で多くのことを
私たちは問われた
今まで忘れかけていたこと
物質的な豊かさだけを求めてきた気がする
私たちは何か大事なものを
置き忘れてきたような気がする
今気付きはじめた
本当に大事なことに気付き始めた

今年も母親と子供たちみんなで
にぎやかな正月を過ごせた
餅も食べれた
ありがたいことだ


もち












毎年家内の実家から届く杵つきの餅
  
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2011年12月22日

2011年 冬至

今年も一年が終わろうとしている
今日は私の誕生日で56歳になりました
ついでに今日は冬至でもあります
一年で昼が一番短い日
明日から昼と夜の長さが逆転していく
私はこの時期が一番好きだ
陰から陽に転じる日が冬至だと考えている
気持ちが明るくなる
その逆で夏至はあんまり好きではありません

今日は南瓜を食べる日だ
今日南瓜を食べると病気にならないと言われる
青森では南瓜を食べると「あたらない」
脳卒中にならないとよく言われます

家内はよく私にこう言います
自分のおとうさんは南瓜が
大好きだったけど「あたった」
実は家内は南瓜が大嫌いで食べないばかりか
匂いすらも嫌いなんです

家内は作るのは作りますが
その過程でほとんど味見はせずに
私に出してくれます
ですから少し砂糖が足りないこともあったりして・・・・・・
ちなみに私は好きだと言うか
食べ物で嫌いなものはほとんどありませんから

そんな事を言いながら
今年も暮れます
神社に今年一年のお礼参りも済ませ
健康に感謝していろいろなことがあった
2011年を閉じたいと思います

2012年はどんな年になるのかわかりませんが
皆さん健康で楽しい
よい年を迎えてください

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2011年12月15日

足跡

雪のうっすら積もった道を
朝会社へ徒歩で通勤する
まだ誰も歩いていない道は
波の引いた砂浜を歩くようで気分がいい
足跡がはっきりと残る
少し寒いが気分がいい

ふと自分がガニ股であることを思い出す
家内にもよく言われる
「カニちゃんだね」と皮肉られる
それを思い出して後ろを振り向く
やはりガニ股だ
でも前より少しは良くなっている
少しつま先の開きが狭くなったような気がする

ガラスに映った歩く姿を見ると
姿勢も良くなった
前は少し猫背だったが今は背筋が伸びている
きっとマラソンを初めたからなのかもしれない
今までの「ハの字」は
今は「いの字」くらいになって
ガニ股は意識的に注意して走ってはいたが
姿勢は特に気をつけてはいなかった
思わぬ副産物に少しうれしかった


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Posted by kkusumi1222 at 21:38TrackBack(0)健康

2011年12月04日

家系図

我が家には家系図がある
息子と家系の話で盛り上がった
自分は小さいころ親父の実家に行ったことがある
大きな家で今文化財になって残っている
大地主で裕福だった
それに比べ母の家は小作の貧乏な家だった
母は長女で小さいころから働き手で
借り子にも出されたそうだ
辛い子供時代だったのだろうと思う
それからもう70年以上が過ぎ
母は今が一番幸せだと話す
私は何もしていないが
妻が実の親のようにしてくれるからだ

自分ももうじき56歳を迎えるが
本当に時の過ぎるのが早いと感じる
なんという法則か忘れたが
その人の一年と言う時間の長さは
今の歳が分母になり分子は1になる
私の場合一年と言う時間の長さは56分の一になる
10歳の少年であれば10分の1になる
生まれて生きた経験の量に比例すると言う
歳をとればとるほど一年が短く感じられる
のはそのせいだという法則だ
振り返るといろんなことがあった
だんだん一年が短かくなってきている
将来も大事だが今はもっと大事だ
人間いつどうなるか分からない

先日の健康診断で「心臓病の疑いあり」
要再検査という検査結果が送られてきた
気持ちが沈む・・・
予約を入れ翌々日専門医で検査した結果
「異常なし」よかった〜
母と同じくらい生きれる確約はない
明日は誰にも分からない
今を一生懸命生きることが大事だと
いつも考えながら暮らしてはいるが
そんな検査結果を突きつけられと・・・・・
健康の大事さ
時間の大事さを実感する

母くらいの年齢になるころ
自分はどうなっているんだろうと
考えたりすることがあるがナンセンスだ
運命は変えられるが
命は与えられたもので変えられない
なん分のなんまで生きるのか
誰にも明日はわからない
今を一生懸命生きると再認識する


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Posted by kkusumi1222 at 20:44家族

2011年11月19日

人間ドック

健康診断を受けた
かなりの項目かあって一つ一つ専門の検査技師が
検査をしてくれる
モニターを見ながらエコーやら心電図などを検査していく
こちらからどんな検査なのか聞くと答えてはくれるが
検査結果は言えないようになっているらしい
聞くとあとで先生から説明がありますからとかわされる
でも気になるからなにげなく聞くと答えてくれる検査技師もいる

心臓のエコーをするときどんな検査で
なにが分かるのかを聞いた
心臓の肥大や弁の動きなどを検査します
20〜30分ほどで終わりますと検査技師
どんな感じですかと聞くと
丈夫な心臓ですね
何かスポーツをやっているんですか?と聞かれて
ええ少し
気持ちの中では優越感に浸る

今度は首の頚動脈のエコーだ
これは血管の状態を調べるらしい
モニターも見れて血管を横から見たり
輪切りの状態で見たりして
自分でもほかのエコーと違って状況が比較的分かった
どんな感じか検査技師に聞くと
答えてくれた
血管が狭くなっている
私が脂肪か何かですかと聞くと
そんな感じか血栓とか・・・・・
ここの血管は脳に近いから気をつけないと・・・・・
さっきとは真逆の答えにガクッときた・・・・・
聞かなければよかった・・・・

思ったいい答えを期待して聞くがそればかりではない
でも聞きたい
怖いもの見たさというやつかもしれない
まあだんだん年をとるのだからいつまでも
100%健康で入れるわではないと
自分に言い聞かせて帰る
明日は大腸の検査だまた下剤を飲まなければならない・・・・・
                               拝
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Posted by kkusumi1222 at 21:38TrackBack(0)

2011年10月27日

秋の収穫 後編

秋の収穫が終わってその恵をいただく
玉ねぎはシチューにブドウは干しブドウとジャムに
バジルや紫蘇も干して一年使える
家内と二人だと多くはいらない
食べる分があれば十分だ
多く取れた物は近所の知り合いに分ける事で喜ばれる
普段行き来がない人の顔が見える
おすそわけをすることでまた繋がりを感じる

ブドウを干せば天候がわかる
今年の秋は去年より良く干せない
天候が良くないと感じた
物を植え育てることで多くのことを感じ
多くのことがわかる
バジルや紫蘇などハーブ
スチューベンは良く育った
玉ねぎはゴルフボールくらいにしかならなかったが
皮をむくと一人前に目にしみた
しし唐は辛くて食べれない
きゅうりはまあまあだ
レモンも一個生った
柿は毎年のことながら生らない
アケビも今年だめだった
雨水タンクとコンポストは役に立った
生ごみが減って水道代もいくらか節約できた
今年もこんな小さな庭でも十分楽しめたし
みんなとコミュニケーションがとれた
今年はもうかたずけをし
来年の肥やしを作って
我が家の小さな畑は終わる

手間をおしまずやると何とか形になるが
手を抜くとそれなりだ
農家の人たちは偉い


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いつも食べかけてから写真を撮る・・・・               玉ねぎが・・・・しみる・・・・                                                            
Posted by kkusumi1222 at 20:30

2011年10月14日

北海道マラソン

マラソンを始めて丸2年何とかフルマラソンを
完走できるようになった
今年もハーフマラソンを含め何レースか出場したが
なんと言っても思い出に残ったのが北海道マラソンだ
4月にエントリーをして8月28日がレースだ
それまでに毎月300キロは走った
自宅を朝3時半に出て6時半に帰ってくる
朝走れないときは夜練習をした
そんな走り込みと調整をしてレースに挑んだ

北海道マラソンがそんなにすごい
マラソン大会だとは思わず申し込んだ
段々内容がわかってくる
すごい大会だと思った
この大会からは女子マラソンの有森初め
有名選手がたくさん輩出されている
公認の国内都市マラソンで夏のフルマラソンはない
暑さであまりにも過酷なレースになるからだろう

マラソンは普通夏はオフシーズンだ
北海道と言ってもこの時期レースは毎年気温が30度を越す
今年もスタート時点(12:30スタート)で30度近い
そんな過酷なレースでの勝者はその力が証明される
参加者9000人以上完走率7割と低い
そんな過酷なレースだった

今年のフルマラソンは北海道で終わった
55歳今年の夏のいい思い出になった
結果は完走し順位は989位
タイムは3:34:58で自己記録を5分更新して終わった

走った距離は成果となって必ずタイムに現れる
こつこつこつこつ走り積み重ねた距離が結果だ
続けることがつらいことももちろんある
サボっても結果は必ず出る
言い訳はできない

全ては自分次第である

日常も同じだと思う
毎日毎日同じ事を続けることが形になることを
改めて実感する

また来年に向けて走り始めている
還暦まではあと4年と少し
どこまで記録を伸ばせるか

走れる健康に感謝して
                           拝

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完走メタル

  
Posted by kkusumi1222 at 00:30

2011年09月19日

収穫の秋

今年も我が家に収穫の秋が訪れた
とは少々大げさだがブドウがたわわだ
キャンベル、スチューベン名前は知らないが白ブドウ
アケビは今年ならなかった
なぜか玉ねぎがおおきな飴玉くらいになった

ブドウは去年カラスの被害があった
今年も桜鳥やカラスが来ている
桜鳥は一個ずつくわえて飛んでゆくが
カラスはその場で上手に食べる
まるで人が食べたようにきれいに
皮を残して食べる
初めは知らずに誰かがつまんで
食べているのかと思ったくらいだ

今年はネットをかけたから安心していたら
母が来て鳥は下からも来るといわれ
がっかり
どうしたらいいものかと考え付いたのが
模擬カラスそれも親子だ
作りながらカラスの驚く顔?が目の浮かぶ
こういうものを作るのは少々自信がある
結構リアルに出来た
今のところ大きな被害はない
でも少しブドウの皮が落ちているところを見ると
模擬カラスも効き目がなくなってきたのか・・・・・
カラスには見破られていたのか・・・・・
カラスも生きていくため必死だ
まっいいか
                         拝


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傑作カラスの親子
ぶどう
スチューベン
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たまねぎ
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レモン  
Posted by kkusumi1222 at 00:38

2011年09月02日

暴れん坊将軍

近くに住んでいる母親が時々遊びに来る
母の小さな畑が我が家の裏にある
もう79歳になるが電動自転車で来る
先日我が家に来て雑談していった
テレビを良く見ているので
芸能界からドラマの話し政治の話と
情報量は豊富だ
今暴れん坊将軍にはまっているらしい
そんな話をしたかと思うと
政治の話をし始めた
いろんなことをかなり詳しく知っている
一向に進まない震災復興のことや
政治家の利権闘争ばかりのこと
「本当に嫌気がさす」なんて事を言いながら
一生懸命話している

脇で聞いていて思ったのは
母親と同じくらいの世代の人たち
あの戦災を体験してきて
震災を目の当たりにし
今の政治の体たらく
この歳になって
まだ安心して暮らせない国
「日本」
私にはそう思えた
                    拝

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母が蒔いた秋大根の芽が出てきた  
Posted by kkusumi1222 at 21:21

2011年08月19日

ハーブ

今年もバジルやローズマリーが取れた
去年干したバジルはほとんど無い
パスタや肉料理で食べてしまった
今年はパセリや青しそも干した
しそはほぼ一日でからからになる
そのまま食べてみたがけっこう香りがしてうまい
ローズマリーは肉料理には欠かせない
私が得意なのはディアボラだ
スペインかイタリア料理だったと思う
料理といってもただの鳥のもも肉に塩コショウをして
にんにくとローズマリで味付けして焼くだけだ
しかしこの料理は焼き方こつがある
中火よりやや弱めの火で皮の面を下にして
10分から15分ほど焼くのだが
焼くときに皿か何かで重石をして
皮が縮んでまくれないようにすると
焼き上がりがカリットして食べるときにはおいしい
それと片面だけ焼く肉はひっく返さない
ふたをして肉全体は蒸し焼きになる

ハーブを使った料理はあまりなじみが無いが
試してみるとけっこう口にあったりする
特に夏は食欲が増す
                          拝

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パセリとローズマリー                        
イタリア直送のバジル(左)と日本生まれのバジル  
Posted by kkusumi1222 at 08:36

2011年08月04日

オール電化の家

震災で停電になってがあり電化の家が話題になっている
日本のオール電化の家は
歴史をたどるとかなり古いことがわかった
朝日新聞の記事によると
関東大震災の前1921年の春
電気工学者で早稲田大学教授の山本忠興が
自分の家をオール電化で建てたのが第一号で
東京目白に建てた
建築費は土地備品を含め6万円を投じた
月々の電気代が16円その時
お手伝いさんの月給が35円であった

もともとサーバントレスハウスと言う
標語を掲げて造られたのが
オール電化の家である(サーバントとは召使)
お手伝いさん不要の家それは
人間平等の見地から考えられたことであった
子供が大人の真似をしてお手伝いさんに命令するという事は
教育上よくないということもあった
科学の発明や進歩を見たときそんな
しっかりした理由が存在する

今震災によって破壊された原発
それによる放射能汚染
もともと何のために作られたのか?
果たして人類に必要不可欠なものなのか?
もし必要であれば原発が存在するしっかりした理由があるのか?
今からでも遅くないので原点に帰ってもう一度考えて見たい


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Posted by kkusumi1222 at 22:35Comments(0)

2011年07月19日

大和撫子

全てのメディアが取り上げた
なでしこJAPANの優勝
休み明けの新聞の一面はもちろんのこと
コラムまですべて日本の優勝のことばかりを取り上げていた
私は4紙購読しているが
コラムまでみな同じ記事が載るという事はあまり記憶にない
海外メディアも負けた相手チームさえも
日本チームのすばらしさを褒め称えていた

あの試合で感じた事は本当にあきらめないこと

never give up

内容もすごいが
今まで見た試合とは質が違った
後半と延長戦になりしだい
撫子らしさがどんどん出てくる
相手チームとは一回りも小さい体で
どんどんと突っ込んでぶつかって行く勝負魂
大和撫子というより大和魂という言葉がぴったりである
改めて思うのは本当に女性は強い
敬服した
私だけではないと思うがあんな試合を見せられると
こうして入られないという気になる

本当に今の日本に力をくれたチームにお礼を言いたい


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Posted by kkusumi1222 at 20:21

2011年07月06日

未来

休日にはスイミングスクールに行く
通ってもう2年目になる
ここに来るといつも一緒になるのが
3〜5歳くらいのこどもたちのコースだ
私がスイミングを始めた頃の子供たちは
進級して時間帯が違うようになりもう一緒にはならない
時々見かけるが少しお兄ちゃんお姉ちゃんになっいてる
子供の成長は早い
泳ぎでもそうだこちらが中々マスター出来ずにいるのに
あっという間にうまく早く泳ぐようになっている

先日子供たちの進級テストがあった
いつもはキャッキャ騒いでいる子供たちが
今日はなんか雰囲気が違う少し重い
そうか今日は進級テストかみんな妙に神妙だ
一人ずつ順番にコーチがついて25メートルを泳ぎきる
バタフライありクロールあり背泳ぎありで頭が見隠れする
それでもなんとか25メートルを泳ぎきる
みんな一生懸命泳いでいる
そんな姿を見ると自分も負けていられないと思う
少し泳いでハアハアいっている自分が恥ずかしくなる

私も含め大人は偉そうにしてはいるが
この子供たちのように一生懸命やっていない
震災で国難と言う事態で大人が何もできずにいる
その後の復興も一向に進まない
国民をおざなりにしていて利権ばかりを考えている政治家
何も先が見えてこない原発事故
本当に恥ずかしくなる
私たちはこの子供たちに負の遺産を残してはいけない
未来は大人のものではなくこの子供たちのものだ
胸を張って自慢できるものを残してあげたい

スイミングが終わってサウナでコーチから
子供たちに発表がある進級した子出来なかった子
そこにはさっきの緊張感はなかった

  
Posted by kkusumi1222 at 09:02

2011年06月21日

すずめの親子

毎日朝7時に会社に出社し神棚に手を合わせると
すずめの鳴き声がする
親と雛のすずめだ毎年換気扇のところに巣を作る
毎日聞いていると雛の成長が泣き声で判る
えさをねだって雛が鳴く
親鳥の羽音が聞こえる
多分えさを運んでいるのだろう
成長しそのうち巣立っていく
巣立ったすずめは親を知っているのだろうか?
飛んでいるときに親の見分けが付くのだろうかと
考えてしまう

そう思うと人間はどうだろうと重ねてしまう
すずめとは違うが兄弟や子供たちは大きくなると
当たり前のことだが小さなときとは環境が変わる
それぞれ結婚して家庭を持ち
それぞれの考え方で生き時が流れていく
小さい頃のようには行かないものだ

テレビで見た小津安二郎監督の「東京物語」を思い出す
私が生まれる前の映画だ
テレビで見たが内容は現代とも通じる
映像は古いが内容の古さを感じないのは
名監督名作品と言われる所以なのかもしれない

大事なのは今だれと繋がるかだ
映画でも監督はそれを言いたかったのかもしれない
形にこだわらずに自分らしく生きたいと思う


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Posted by kkusumi1222 at 20:00

2011年06月04日

「お金」

以前にもお金の価値について書いたことがある
今回の震災で全て津波に流された被災地の人たちは
そのお金も流された

お金があれば何でも買える
買えない物はない
かつてそんなことを言った人は今獄中にいる

私たちの一般的な認識の中に
お金は大事なものとして共有の価値観がある
振り返ると今回の震災で瞬間的にみんなが感じたことは
お金があっても物は買えない
あの時お金を持っていても
コンビニやスーパーには何もなかった
あの瞬間お金は価値がなかった
お金は機能しなかった

お金は大事かもしれないが
ありすぎると勘違いが始まる
そんな例は枚挙に遑がない

お金よりも大事なものはある
心があればお金はそんなに要らない
それを知っている人は幸せだ

そう言えば昔近所へどんぶりを持って
味噌米の貸し借りをしたことを思い出す
野菜や魚をもらったり、あげたりしていた

交換する経済
それが小さな経済活動になっていた
お金はそんなに使わなかった
それでつながりが出来ていたし
幸せを感じまた
足るを知っていた

震災後の価値観の意識調査では
震災前と比べ「家族との良い関係」
「健康」が前回を上回り
人間関係や健康が大事だと思う人が増えている
「お金」は前回より低くなった

勘違いしてはいけない
お金があれば幸せだと


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Posted by kkusumi1222 at 21:35

2011年05月20日

被災地

次々あまりにもいろいろなことがおきるので
何を書いていいか分からないくて
今私頭の中は少し混乱して情報がごっちゃになっている
その割にはこのコーナーへの書き込みは少ない
言い訳・・・・・反省
妻にもよく言われる最近変わってないね

5/11ちょうど震災から2ヶ月たった
津波に襲われた石巻・女川に行って来た
今リーファの大工さん達が仮設住宅を建てに行っている
女川は湾に面している町で海べりに小さな町と
後ろはすぐ山になっている
今回の震災で町は津波で壊滅した
ちょうど2ヶ月たって道路がやっと確保されている状態だ
地震で地盤は1メートル沈下し満潮になると町は冠水する状態
とりあえず土嚢と砂利を敷いてかろうじて主要な道を確保している
家々の玄関先にも土嚢が積まれている
街中 魚の腐った様なにおいが充満していた
その空気というか雰囲気に胸が押しつぶされそうな感覚がある
テレビで見るものとはまったく違う

平地が少なく仮設住宅を立てる場所もない
今回の仮設住宅は津波が押し寄せたぎりぎりの
位置町を見下ろす山に建てられている
建築現場に行っても木々や草の匂いはしない
魚の腐った様な臭いやそのほか様々な臭いが混ざり合っている
逆に時折木や草の匂いがしたとき
はっとその場の本来の姿に気付く

何十年もくらし築いてきた人たちの生活
その全てが一瞬にして消滅する
それにはまったく抵抗できないし何も通用しない
まったく無常観以外のなにものでもない



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Posted by kkusumi1222 at 13:15

2011年04月29日

英国王のスピーチ

久しぶりに映画を見たイギリス国王ジョージ6世の実話だ
そんなに昔の話ではない第二次世界大戦の頃だ

内容は簡単に言うと今のエリザベス女王の親の代のことで
ジョージ6世が王位に付いたときのことだ
歴史の中であまり知られていなかったジョージ6世は
自分がなるはずではなかった王位を継承するが
自分には吃音というハンデがあり
国民や多くの人前で話すときに緊張して言葉が出てこない
ラストシーンではちょうどドイツとの戦争状態に入る時で
国民は動揺している国民は国王の言葉を待っていた
国王は国民に向けラジオを通じてスピーチをする
自分の言葉で渾身のスピーチを終えて映画は終わる

当時1936年ころこの国王の吃音を治そうと
国王の取り巻きは当時最高の言語聴覚士や医者をつけるが
一向によくならない
ところが無資格の自称言語聴覚士のライオネルと出会う
既存の物に固執しとりあえず資格のないものは
それなりにしか見られないのは当時も今も似ているかもしれない
ライオネルには資格はないが実績はある
国王の取り巻きは無資格のライオネルを遠ざけようとする

ジョージ6世の吃音の治療もライオネルのやり方は
当時としては誰もやったことのない斬新で急進的なものだった
それは記録も残されている

当時吃音を肉体的な障害としか判断せず
治療も身体的な治療しか出来なかった
またそれが当時の最新医療だった
しかしライオネルは国王の生い立ちにフォーカスする
そこでジョージ6世が幼い頃乳母からいじめられ
厳格な父からは厳しい躾を受ける
それがトラウマになっていたことをライオネルは見抜く

この映画を見て思うのは
人は斬新的で前例のないことを避る
批判され抽象されさらには失敗を恐れるのだろう
しかしライオネルのように自分を信じそれを実践する
そこにしか新しいものは生まれない

いつの世でも同じでその繰り返しだ
誰もが知っている

今回は映画の解説みたいになったが
さすがにアカデミー賞4部門獲得しただけの映画でした


ps
ラストシーンでのジョージ6世の肉声が聞けます
http://trb.ameba.jp/servlet/TBInterface/yueki09/10835320191/22b5fddf

  
Posted by kkusumi1222 at 23:19

2011年04月05日

つながり

大震災が起こり余震はまだ続いている
現地の復興はこれからが大変だ

仮設住宅建設の依頼が来た
場所は宮城県としかまだわからない
棟梁達に集まってもらって事情を話す
現場の内容はかなり厳しい状況で
最悪の場合テントに寝泊りして
作業をしなければいけない
風呂は入れない電気もなく発電機の作業になる
当然被災者と同じ環境下で作業をすることになる
そんな状況を説明する
余震も続いている安全ではないところに
あえて行ってもらう
説明するほうも強くは言えない
判断は棟梁にゆだねる
被災者のことを考えなければやれない仕事だ

3日後各棟梁全員から
行ってくれるという返事をもらった

なんというか本当に心強い感じがした

いつも何か出来ることがあればと
思いつついるがたいした事も出来ない
そう思いながら時間だけが過ぎて行く

一人では何も出来ないけれど
人と人のつながりがあれば何か出来る
皆で支えあうと言うことは
こんなことなのかもしれないと感じた

現場は厳しいが仕事を終えたとき
自分たちは帰れる家がある
家族が待っている
それがいつも心の支えになっている
日常当たり前のことだと思っている

しかしこれから行く被災者の皆さんには帰る家がない
人によっては帰りを待つ家族もいなくなった現実がある
そんなことを考えるとこの世の無常を感じる
                    拝
  
Posted by kkusumi1222 at 11:10Comments(0)TrackBack(0)

2011年03月17日

謹んで被災された皆様にお見舞い申し上げます

このたびの東日本大震災にて
被害を受けられた皆様に心よりお舞い申し上げます
一日も早く復旧されますよう心よりお祈り申し上げます
                      株式会社リーファ 楠美清


去年の連休が終わった5月8日
私がマラソンの練習を始めて約半年が経ち
始めてのマラソン大会「八戸うみねこハーフマラソン」
それまでは私がマラソン大会に出るとは
自分でも思ってもいなかった
21キロを走れるとも思っていなかった
前日八戸に入り興奮しながら大会日を向かえ
スタートに立ち号砲と共にスタートした
コースはちょうど八戸漁港から蕪島種差海岸へと回る
今回の地震で津波に遭った所でした
沿道で近隣の方たちがランナーを
一生懸命応援してくれていた
おばあちゃんやおじいちゃんがゴザを敷いて地べたに座って
お母さんお父さんそして小さな子供も
一生懸命応援してくれました
応援に励まされ苦し中にもなんとか
はじめてのマラソンレースを完走した
そんな方たちの姿が印象的で思い出される
何とか皆さん無事でいてほしい

先日ラジオで収録をしながらそのことを思い出し
涙があふれてきた
このたびの震災は私たちが経験したことのない
未曾有の出来事です
みんなが力を合わせてこの困難を乗り切らなければならない
そうは言っても離れていて何もしてあげれない
皆さんの悲しみもはっきりいって共有は出来ない
しかし被災者の皆さんの思いは感じられます
小さなことでも私たちが出来る事はたくさんあります
できることをやりましょう
みんなで力をあわせれば必ず乗り切れる
あの戦災さえ乗り切った日本人だから
必ず、必ずできる
                              拝



  
Posted by kkusumi1222 at 22:39人生