2010年07月31日

孔子

先日友人が論語の話をしてくれた
今、彼は孔子のことを呼び捨てにせず
「孔子先生」と呼ぶ
何年も論語の勉強しているらしい
そこには日本人が忘れていた心や
私たちの心に触れる深い言葉あるという
そして今論語がブームになってきているという
ことも話していた

2500年前の孔子、老子言葉は今も変わらない
すべての基本になる
最近忘れられている論語
日本にも江戸時代まで人格教育として
徹底した教育がされていたというが
その後本物の道教、儒教の教えは無くなっていく
ブームはいいことだと思うが
本物でなくてはならない

私もよくわからなかった
今まで孔子も老子も同じだと思っていた
儒教は孔子の思想で孔子が説いたとも知らなかった
恥ずかしい話だがそんなレベルだ

道教、儒教の教えは今私たちには
もっとも必要な感じがした
先進国日本はあらゆる意味で成熟期に入り
その質も成熟しなければいけないのに
そのモラルは低い

4年ほど前購入した老子の翻訳本を思い出して
書棚から取り出す
ぱっらっとめくった
その時私の心を動かした言葉が
今は違って感じる
大事だと思って付箋を貼っていたところを読み返すと
今はそのときほどの感動は無い
また別な言葉が今の自分に強く訴えかける
心の持ちようで変わる老子のことば
読むたびに違って感じるし
人によって解釈が少し違ってくる
老子の言葉が同じでも翻訳者によって表現が違う
3冊読んだがみんな捉え方が若干違った

本質は同じだ

友達は「2500年前と人はなにも変わっていない」と言う
本を読み返してみて本当にそう思った




早春の八甲田





  
Posted by kkusumi1222 at 23:23社会

2010年07月16日

アゲハチョウ

この時期になると庭にアゲハチョウの幼虫がいる
いつ卵を産みつけたのかわからないが
たくさん黒い虫が動いている
もう大きくなってきれいな緑色に変身している物や
蚕の中にいる物もある
毎年山椒の木とレモンの鉢植えに卵を生む
今年もまだ庭に薬剤は撒いていないので虫たちは元気がいい
私は生き物は嫌いではないので
今回はアゲハの幼虫を空の水槽に入れて
飼育することにして集めた
時々山椒の葉を取り替えている
小さいものは3ミリほどでよく見ないとわからない
黒くて糞と見間違うくらいだ
この黒い点が次第に大きくなり動き始める
気がつかないうちにきれいな緑色になっていく
私はきれいだと感じているが
虫の嫌いな家内は気持ちが悪いらしく
出来るだけ見ないようにしているらしいが
意識するとなおさら目が行くようだ
多分30匹程集めたと思ったが
ある日気がついたら10匹ほどしかいなくなった
きっと住み心地が悪くて家出したのかも・・・・・
残ったものは順調に成長している
山椒やレモンの木を見ても帰ってはいないようだ

外界は外敵が多い
もっと外にはおいしい葉があると思って
出て行ったのかもしれない
残るものと出て行くもの
どう分かれるのかは分からない
虫とは一緒に出来ないが
人も似ている
今に満足しない
必要以上に物をほしがって
余計な苦労をする
使いもしないのに

先人が言う
「足るを知る」と



糞かと思ったら・・・・・




  
Posted by kkusumi1222 at 21:39環境

2010年06月18日

無免許医

庭の木や草花をいつも見ていると
その状態がなんとなくわかる
たとえば菜園の苗木でも根付いて元気いいものや
なんとなく伸びもせず枯れもせずとまっているもの
枯れてしまうものなど見ていると状態がわかる
「ああこれは無理かな」と思うことが時々ある

庭木でもだんだん元気がなくなっていくものもある
去年庭の樹齢40年以上のもみじの木が
なんとなく元気が無いように思えた
よく見たら幹や枝が腐りかけていた
葉の数も少なく小枝が枯れている
どうしようかと一生懸命資料を集めて
結果的には自分で手術をすることにした

まず腐っている部分を小刀ですべて切り取った
それは幹のほぼ半分ほどにまでなった
自分でも少し不安になってきたが
思い切って切開した
腐った黒い部分をとると
幹の芯の白いところが見えてきた
かなり深く虫も巣を作っていた
切除した痕に薬剤を塗り
砕いた木炭をまいて包帯のように
特殊なシートでくるんだ
土壌には改良剤と肥料を施した
4時間ほどの手術だった

今年どうなるかと思いつつ経過を見ていた
新緑の季節を迎えそのかいあってか多くの葉をつけている
見るからに元気そうで喜んでいるように感じる
傷口がふさがるまでおそらく何年もかかる

樹木や草花は口は言えないが
向かい合うと伝わるものがある
訴えかけているように感じる
以前聞いた生命学者の言葉を思い出す
「道端の草花にもすべて命がある」
本当にそう思う
あり方が違うだけで
みな同じに命がある

人間もみな同じだハンデがあるだけで
人の見方を変える
みな同じなのに

自分と違う考えだと思うと非難したり
見方を変える

本当はみな同じなのに
みな一生懸命やっているのに

なんか「相田みつお」みたいになってしまった
                     拝

切除
2009、6手術 切除



MEMO0003
2010,6要経過観察  
Posted by kkusumi1222 at 21:56

2010年05月29日

ボタンの掛け違い

景気が悪いのに毎日選挙や政治のニュースばかりだ
下々の者はそんな政治に翻弄されっぱなしだ
何のための政治家なのか
国民の代表なのか分からない
まさに迷走中だ

少しし引いて俯瞰してみると
初めからボタンを掛け違えているような気がする

掛け違えたボタンは全部はずして
初めからかけかえないと直らない
途中からごまかしてもへんてこなのは
誰が見てもへんてこだ
それで通そうとする神経が分からない
回りもそれでいいと思わない
フツーの神経でいたい


家族 046





アケビの雄花と雌花




  
Posted by kkusumi1222 at 22:10Comments(0)TrackBack(0)社会

2010年05月10日

思い

私は毎年4月1日に社員に向けて話します
今年は次のようなことを伝えました

私は昨年皆さんへ次のようなことを話しました
今、時代の変わり目である事、これから時代が大きく変わるという事、今は時代と時代の狭間だと言うこと。それは年表には現れない、隠れた時間だとも話しました。

それは今も同じです。
今時代はさらに大きく動いています。
今私たちのいる場所は、地震でいう大きなプレートの上です。
そのプレートは動いています。
まだ止まりません、多分私達が生きている間はこのままなのかもしれません。
しばらくするとこれが日常になり誰も違和感を感じなくなります。
この先いつ止まって安定するかは、誰にもわかりません。

それと同時に言えるのは、時代は繰り返されているということです。
私たちの知らない過去にも、事象は違うが、本質は同じ様なことがたくさんあります。
一つ例に挙げれば、1800年代に起きたヨーロッパの産業革命や、日本の明治維新です。
しかし、実際これらの出来事は、50年から100年ほど前から動き始めています。
それはまさに、先に話した時代の変わり目で今の日本のようです。
まさに時代は、歴史は繰り返しています。
事象は違えども、本質は変わりません。

今、日本は金融危機から始まって、デフレスパイラルに陥っています。デフレで物の価格が下がり、デパートなどでは高額商品が売れなくなり、以前とはまったく様相を変えてしまった消費、その中で全国住宅の着工棟数は、昨年最悪を記録しました。
かつて170万戸まさか80万戸を割るとは、誰も思ってはいなかったでしょう。
予想もしていなかった数字でした。(これも津波のようにリーマンショックがあった2年後に来ています。)
そのために、雇用の不安、リストラ、将来の社会保障など、社会情勢全般の不安は、私たちの周りを見れば感じるところです。

こんな時代、守りか攻めか企業の戦略が、大きく二分されています。大概の企業は、規模縮小で守りに入っています。
その中でリーファは、これから迎える新たな時代に対し人員を増やし、育てます。
これは今に始まったことではなく常にそうしてきました。
先行して人に投資する、それはこれから始まる新時代に対して私たちの、考え方です。
リーファの事業規模を縮小し、リストラすれば短期的には利益を出せるかもしれません。
しかし私の目指す会社は違いまお客様に満足、感動、安心していただく、そして安定永続しなければ意味がありません。
お客様に安心して指名していただける会社、それには社員が安心して働ける会社でなければいけません。リーファでしっかり仕事をして、家庭を持ち安心して子育てが出来る、協力業者が安心して仕事が出来る、それが本当にお客様からも安心して指名していただける地元の会社となるのです。

企業は今までのように、同じ事をまねれば事業ができる、と言う時代は終わりました。
お手本は何一つない、前例が手本にならない時代、これからは私達が全て手本を作り、手本になるのです。

物の概念がすべて変わる時代です。

それは周りを見ればわかります、トヨタは去年世界一でした。しかし今はどうでしょう?
どこの企業がどうのこうのではなく、スピードがそれほど速く、常に革新的なものの考え方が出来なければ事業が成り立たたず継続できない、と言うことです。
そしてこれからは、企業の社会性がとても大事になってきます。

企業は、世の中のために役に立たなくては、存在価値はありません。企業は公器であるということをしっかり認識してCSR(企業の社会的責任)、コンプライアンス(法令遵守)を果たし、社会貢献企業として存在し、継続していくことをここに誓い、本年度もリーファは次の社会貢献をしていきます。
1. 「みんなで森を作ろう」エコキャンペーン
2. あしなが育英会募金活動、Pウォークの継続
3. 高齢者一人暮らし世帯の雪下ろし、住宅の点検ボランティアの継続

もう到来している少子高齢化社会、人口減少、コミュニティの希薄な社会になった今、
物質主義的な時代は終わり、心の時代へと原点回帰していきます。
人対人、心対心の時代に向かっていきます。
お客様は、そんな社員のいる会社を探しています。購買先を選ぶ時の最優先順位は人です。物質は二の次になります。

事業=人です。

それは、事業の本質であり核となるところで普遍です。
私は先に、リーファの投資は人と話をしました。
それが、これからの時代を見据えた考え方で少し時間はかかりますが必ず成功します。

それを考えたときに、社員一人一人の意識がとても重要です。
私はリーファの社員であれば必ずやり遂げることができると信じています。
だから皆さんは、ここに集まってきているのです。
一人一人の社員が、リーファに入社してくれた事には意味があると思っています。
面接した全員が入れたわけではありません。目的を達成するため引き寄せられたのかもしれません。そんな縁で結ばれています。
私は、皆さんにはまだまだ多種多様な潜在的な能力があると思っています。その能力を余すところなく、出していただきたい。
その中でリーファの社員として、次の事を守り実行してください。
1. 「健康であること」 自己管理に努めることによって健康で健全な生活、仕事をする。
2. 「感謝すること」 自分が今在ることに感謝し、いつも「ありがとう」の言葉を忘れない。
3. 「責任感を持つこと」 結果の成否に関わらず妥協せず、与えられた仕事に責任を持ち自身が納得する仕事をすること。

ほんの少しずつかもしれませんが、確実にその目的に近づいているような感覚が私には今あります。その過程を見たとき、社員全員個々にその責任を果たそうと一生懸命努力していました。その姿を見たとき、ますます私の考え、方針は、ぶれることがない強固なものになりました。それが必ず成功すると言う理由です。
一つ一つ日々の積み重ねです。やり続けることです。そのためには時間がかかります。
辛抱もしなければいけないときもある、一致団結し想いを共有し目的に向かうことです。
リーファの目的(事業=人)への道のりは、遠く近道はありません、終わりもありません。

私の好きな言葉に
「たとえ明日世界がどうなろうとも私はりんごの木を植える」
ルターと言うドイツの宗教改革者の言葉です

未来を信じて自分のやっている事に強い信念を持つことではないでしょうか。

リーファはサービス業です。
サービス業であるがゆえに、お客様に感動、満足していただかなければいけません。
リーファで、自分はどんなポジションで、何をすればお客様に喜んでいただけるのか、考え理解し、工夫し、責任感をもって業務に当たりそして常に未来を見据えた仕事をしてください。

すべては今からです。
既成概念を捨て去り、新しい自分で、まずは自分のためそして家族のために、一生懸命
未来を切り開いてください。

こんな話を新年度に話しました
たとえ時間がかかっても
強い信念の基に行動し、貫くこと
決してあきらめることなく
出来るまでやる


  
Posted by kkusumi1222 at 23:49企業

2010年05月02日

いいシーズンになってきた花は咲くし
ともにうまい旬の物が出てくる
青森は本当にうまいものがある
酒好きの私はこの時期旬にあわせて
酒を選び肴を選ぶ
欲が出る
ふきのとう、あさどき、アザミ、
花見にはがに(とげくりかに)、がさえび(しゃこ)、しらうお(白魚)
竹の子、あげればきりがないほどある

昔スキューバーダイビングをやっていた頃
今の時期仕事でよく潜ったことがある
陸奥湾の海水は今の時期が一番冷たい
確か記憶では水温が10度以下だと思った
手も顔もその冷たさで感覚が無くなって
むくんでしまった覚えがある
こんな冷たい時期だからガニがたくさん出てくる
暖かくなるといなくなるどこから来てどこに行くのか?
またそれを餌にミズダコが来る
ミズダコはガニが大好物だ
ミズタコの巣の周りにはたくさんのガニの殻が散乱している
だからそこがミズタコの巣だとすぐわかる
ミズダコもまた旨い

今年は寒く桜も遅い
でも日も長くなってきて木々が芽吹き
新緑がまぶしいこの時期が私は一番好きだ

山菜で思い出したが
昔東京にいた頃公園でつくしを採って食べたことがあった
おひたしにしたあの細いつくしを茹でるとほんの少ししかないが
けっこう旨い
でもいくら採っても腹の足しにはならなかった・・・・・
今考えると旬を味わうには程遠い感覚だと思う
金もなかった事もあるが・・・・・
どんな味がするのか興味もあった

話は変わるが先日お通夜に行ったらお坊さんの説教で
私たちは周りとかかわって生きている
いつも誰かの世話になっている
食べ物に関しても同じで
命を頂いるそれに感謝し生きる
と言うことを話していた

結局、森羅万象生き物はすべて同じだ
何かを犠牲にして生きているのかもしれない
タコがカニを食べるのと同じだそれを人が食べる


話がぽんぽん飛ぶ
こんな話が先日新聞のコラムにあった
もし6550万年前隕石の軌道が少しずれて地球にぶつからず
地球に氷河期がなかったら恐竜の時代は今も続いて
人間は恐竜を避け隠れて暮らしていたかもしれないという内容だ
肉食の恐竜には人間もただの餌でしかない

結局何が言いたいかというと
このいい時期の旬をおおいに味わい
そして命をいただくことに感謝し健康で過ごしましょう
食は健康の源です
何に対しても欲が無くなったらおしまいだ

今日は何にしようかな〜


  
Posted by kkusumi1222 at 08:31Comments(0)TrackBack(0)人生

2010年04月21日

ウサギとカメ

11年越しの夢がかなった山崎直子さんが無事帰還した
ご主人の協力もあり娘さんと3人でかなえた
夢の実現はすばらしい
多分伝えきれないほどの苦労があったのではないだろうかと思う
ご主人の協力がないと叶わなかった夢だと私は思う

このことをみたとき
私たちの周りにも同じようなことがたくさんある
それはチームで仕事をするということ
たいがい実践者ばかりに目が向く
しかしそれを支え推し進めていく
裏方がいることを忘れてはいけないし
実践者は謙虚でなければいけない
謙虚さがあればあるほどそのプロジェクトは
すばらしいものとなりより価値あるものになる

話は変わるが先日NHKで宇宙望遠鏡ハッブルの特集をやっていた
スペシャル物好きな私は最後まで見てしまう
ハッブル宇宙望遠鏡は1990年スペースシャトルで打ち上げられ
今も地球をぐるぐる回り宇宙の映像を地球に送っている
改良を重ね今では132億光年先の星まで見えるらしい
この研究はさまざまな発見をしたり成果を出している
この研究で宇宙の誕生の解明をしようとしている科学者たちがいる
アメリカは2003年にこの研究を中止すると決めた
その理由としてスペースシャトルの事故や
莫大な費用がかかることなどがあげられた
その後世論や科学関係者によって継続されることになる
2014年にはさらに新型が打ち上げられる計画がある
その価値が認められたのだろう

私たちの周りには理解できないような研究開発がたくさんある
何のためにやられているのか素人目には
無駄としか思えないことがいっぱいある
ハッブルもそうだ宇宙の生い立ちを知ることがそんなに重要なのか?
それより別なものに金を使えばと単純に思ったりする

最近風に言えば事業仕分けでいらない分類に入る
しかしはたしてそうなのか?
今ある私たちの生活そのものが
この一見無駄だと思われることの繰り返しの
成果の上に成り立っている
そんな研究を人類のために
こつこつやってくれる科学者には本当に感謝しなければいけない
成果が出るまで誰もほめてくれないその努力には脱帽する

一回目の事業仕分けでのスパコンは無駄などと簡単に言われた
一生懸命研究している科学者には
本当にショックだったろうと思う
気の毒だし言うやつの見識を疑う
直接的に即成果の見えないものは無駄だと思う考え方?

人もそう見られているのかもしれない
そんな時代なのかもしれない
だからそんな目先の効率ばかり求め
その人となりを無視したような
効率本ばかりがベストセラーになる
派手で目立つものだけが注目を集める
陰日向になり支えている者もいる
みんな違うのにそれが人なのに

ゆっくり進むやつもいるし
早く要領のいいやつもいる
それぞれでいい
大事なのは気長にそれぞれを認めてあげることだ
ウサギとカメの話はみんな知っているはずなのに・・・・・

                  拝


  
Posted by kkusumi1222 at 11:53Comments(0)TrackBack(0)企業

2010年03月31日

感謝

以前高野山の宿坊に泊まった時にお膳についていた
紙の箸袋を取っておいた
忘れていた箸袋が手帳から出てきた
その裏にこんなことが書かれていた

合掌
食事の観念
一、一滴の水にも天地の恵みがこもっています
一、一粒の米にも萬人の力が加わっています
ありがたくいただきましょう
食後 御馳走さま

食物に感謝すると言うことだろう
先日テレビで100歳の作家まどみちおさんという
詩人の生活風景が放映されていた
NHKの「ふしぎがりまどみちお百歳の詩」
まどさんは「ぞうさん」ぞうさんぞうさんおはなが長いのね
「ふしぎなポケット」ポケットをたたくとビスケットがひとつ
有名な詩をたくさん作っている
もちろん私も知っている
百歳を超えた今でも何にでも興味があり
子供のような目で物事を見る
その番組の中で食事の場面があった
畳いわしを食べるシーンがあって
まどさんはぼりぼりかじりながら
「私はこんなにたくさんの命をいただいて生かされている」と
畳みいわしに感謝していた
日頃自分たちは感謝すると言う事を
少し忘れてはいないだろうか

いつか何かで読んだ
人の体は一つ一つが独立していて
お互いに助け合っているから健康で日常生活がおくれる
手があるから口に物を運べる
歯があるから噛み砕いて消化しやすいように胃に送る
それを胃は消化し腸は栄養を吸収する
足があるから歩けるし歩くから健康になり脳も刺激される
耳も目も全てお互いに助け合って健康でいる
健康でいるとあたりまえになって
何も気づかないもちろん感謝すると言うことはない

私は最近ランニングをしている
走りながらふと思う
足の指や膝が痛むもし膝を壊したら
もう走れないかもしれないと思うことがある
もし病気になったら・・・・
そんな事例はいくらでもあるし
最近周りには多い
ましてこれから年を増していくから
なおさら強く思うのかもしれない

寝るときは体に今日一日ご苦労さんと
心の中で声を掛けるようにしている
食事もそうだ皿に盛ったものはきれいに食べる
魚を食べる時は命をいただくことに感謝する
そう思って暮らしていると
なんとなく落ち着いた気持ちになるし
健康なことに感謝する気持ちになる
そんな気持ちを忘れずに過ごしたいと思うが
時間がたつと・・・・・
               拝

高野山
高野山奥の院  
Posted by kkusumi1222 at 05:03Comments(0)TrackBack(0)人生

2010年03月20日

マラソン 2

去年の暮れ東京へ出張した時
皇居の近くにホテルを取った   
皇居と言えば今ではランナーのメッカだ
走ろうと思いシューズを持って行った
朝5時半に起きて皇居に行ったらもう何人か走っている
皇居の周りを時計の逆周りでまわる
桜田門のあたりに差し掛かったとき
近くを走っていたランナーに道を尋ねた
よく話を聞いたら年は75歳
月に一回皇居でのマラソンの記録会を開催しているらしい
「皇居竹橋マラソン大会」
彼は大会委員長だと言う
さらに話を聞いたら今日は月一回の記録会らしい
スタートの号砲はない自由に集まって自己申告自己責任だ
制限時間もない

皇居くぐると回ると5キロを少し切る
そのコースを約8週半すなわちフルマラソンだ
彼の走りはけっして早くはないが朝6時頃から
お昼近くまで走る42.195キロを休まず完走する
これには驚いたがさらに驚いたのは
もうこれを100回以上やっていて
100キロマラソンも何回かやっているらしい
偶然だがすごいおじさんに会った
伴走していると「おはよう」と
声を掛けて抜いていく人がいた
「あの人は70歳を過ぎてこの会の会長で
今日で97回目(フルマラソン)今年中に100回やるらしい」と
教えてくれた
この辺は大使館も多く外人ランナーも多い
中には乳母車を押して走っている人もいた
本当に走るのが好きな人ばかりだ

半蔵門から桜田門に向かって走ると朝日が昇ってくる
周りのオフィスビルがすべてが金色に輝く
ビルを陰にして皇居に日が当たる近代的な建築と
古いものとのアンバランスな風景が目に入る
警視庁を過ぎてしばらくいくと馬とわらのにおいがする
こんなところで?
後で調べたら皇居の厩舎が堀の向こうにあった
大都会の思いがけない一面を知って不思議な感動があった
2周しか走れない自分には苦しかったが
皇居ランで多くのサプライズがあった
走ることの楽しさはまだ分からないがすがすがしい気持ちだった
来年は10キロマラソンにでも参加してみたいと思い
一つ目標が出来た

本当にいい人との出会いだった
皇居はまた機会があったら走ろうと思う
それと自分の体力気力が少し恥ずかしかった

  
Posted by kkusumi1222 at 23:25スポーツ

2010年03月01日

オリンピック

子供たちが小さい頃幼稚園や小学校の運動会で
応援をした記憶は皆さんにあると思うが
子供より親のほうに熱が入る
自分の子はといつも一生懸命応援し
入賞しなければ走った当人より
親の方ががっかりしている

今思うと私も子供の剣道の試合を応援
観戦しに行った
剣道は日本古来の武道だけあって
非常に礼儀正しい
他のスポーツと違い応援の
掛け声に関しても変な大声は出せない
私は自分の子供が出ると我を忘れて応援し
注意されたことがある
子供が負けると本当にがっかりしてしまう
でも本人は一生懸命やって
本人が一番つらかったのだろう
それを本当に判ってあげれたのか・・・・・
今のオリンピックを見て思い出す

先日テレビで昔聞いたフォークソングの特集をやっていた
ほとんど聞いたことのある曲だ
その中にピンクピクルスと言う二人組の女性歌手がいた
その時は一人で出ていた
曲名は「一人の道」
歌う前に歌詞を解説してくれた

この曲は昔東京オリンピックで
銅メダルを獲得した円谷幸吉と言う
マラソンランナーの遺書を歌詞にしている
このとき私は9歳だった
当時の競技の記憶はうっすらある
円谷選手の名前の記憶ももちろんある
オリンピックのマラソン競技で
アベベが一位、2位で円谷が国立競技場に入ってくる
そこでイギリスの選手に抜かれ3位になる

後の話で厳格な父親は
いつも円谷選手に
「男は後ろを振り向くな」
と言って育ててきたらしい
後ろも振り向かず
かけひきもせず
本当に愚直な円谷選手はそれを守り通した
このあまりにも愚直な円谷選手は
その勝敗の重圧に
押しつぶされたのかもしれない

今回の冬季オリンピック
勝敗はともかく
4年間一生懸命自分の限界に挑戦し続けた
選手たちの苦しさは
本人でなければ分からない
本当にご苦労さんと言いたい
               拝
  
Posted by kkusumi1222 at 23:12Comments(0)TrackBack(0)社会

2010年02月17日

「品質」

トヨタのリコールがどんどん広がっている
世界一の売り上げを達成したのはいいが
不良品では困る
まして人の命を預かる車だ

企業が作る商品の品質は
人の品質だ

企業は効率よく多くのものをつくり
価格競争をし販売する
シェアを上げることを目標に
それには全て人が関わる
前にも書いたが
「効率」と言う言葉を
履き違えていないのか?
せっかく作ったものが
不良品では非効率だ
まして命に関わる物であれば
本末転倒だ

人を減らし派遣社員やパートアルバイトを
必要な時だけ使う企業
働く側にも事情があるかもしれないが
大概はそうではない
使う側の勝手だ
それが今あたりまえのようになってしまっている
そんな使い方でいい商品は出来ない
そんなことは誰でもわかるのに・・・・・

正社員だからこそ会社にそして商品に愛着があり
大事にすると私は思う


  
Posted by kkusumi1222 at 13:54企業

2010年02月01日

マラソン

最近はマラソンブームらしい
マラソンの話題がずいぶん目立つ
今月は東京マラソンがある
応募者が多く抽選らしくの倍率もかなり高いらしい
今は地方のマラソン大会も募集と同時にいっぱいになるらしい
青森は冬で春までオフになるが
関東近辺は今マラソン大会がシーズンを迎えている
皇居の周りは「皇居ラン」と言う言葉があるくらい
ランナーが多く24時間誰かしら走っているようだ

前にも紹介したことがあると思うが
自分はとにかく走るのが苦手ということもあって
走っている人の気が知れない
亡くなった兄がテレビでよくマラソンや
正月の箱根駅伝を見ていたのを思い出す
そんな兄の姿を見て何が面白いのだろうと不思議だった

小さい頃も兄弟3人の中で一番足が遅くて
兄と弟は必ず1〜3位入る
そうすると賞品にノートを貰う
だいたいゴールをすると1〜3の旗を持った係りが
入賞した生徒の手をつないで
先生たちのいるテントに行き賞品を貰う
かなりな優越感だと思う
私はいつも番外で参加賞の
「大運動会」と書かれた鉛筆だけだった
一応種目分はいただくが
かなりな劣等感だ・・・・・・
小中は運動会が一番嫌いな学校行事だった
ある意味トラウマなのかも・・・・・・

ウォーキングは何年か続けていたが
マラソンなんかできないと今まで思っていた
それがひょんなことに昨年10月ころ
ゆっくり走ってみた
歩いている人と同じくらいのスピードだ
それで30分走れた
走った後の爽快感はウォーキングとも違うし
それなりに達成感が残る
ブームには何かしら理由がある
走る楽しさはこんなところにあるのかもしれない
少し続けてみようと思う
                   拝  
Posted by kkusumi1222 at 10:15人生

2010年01月15日

寝台列車

今年も早いもので年が明けて半月が過ぎた
今年12月青森まで念願の新幹線が開通する
2012年には3時間ほどで東京を結ぶ

かつて昭和45年始めて就職で上京したときは
座席指定の夜行列車で12時間かけて
上京したのが思い出されて懐かしい
これからは四分の一の時間でいける

寝台列車にもよく乗った
11年前に東京の恵比寿へ一年間
月2,3回のペースで勉強に通った事があった
日曜日の授業に確実に間に合わせるために
土曜日の深夜の寝台に乗って
日曜日朝の9時頃上野に着く
山手線に乗って恵比寿に着くのがちょうど10時だった
帰りは夕方東京駅を出る新幹線を乗り継いで
青森に着くのは深夜の0時過ぎだ
そして一年通った事もあった

今月三重県に行く
大阪まで飛行機だと1時間半でいけるが
寝台特急日本海で行くことにした
15時間かかる
よく考えると夜中に寝ている間
移動できる分効率的だ
スピードだけに目が行くが
それだけでもない

いつまで乗れるか判らないが
だんだんそんな電車も少なくなる
でもそんなゆっくりした時間の流れる
旅がいい

早いのはいいが
ただ早く多くの人だけを運ぶ
電車は少しさびしい気がする
                 拝
ブログ 001

特急寝台日本海  
Posted by kkusumi1222 at 22:28社会

2010年01月01日

新たな始まり

中小零細、町工場、小売が消える
ものづくりの国が変わる
技術はどう継承されていくのか

なくなったものは簡単には元に戻らない
これからさらにこんな状況が続きそうだ

昨年9月私の師匠も46年間続けた
商売の灯を消した
なんとか続けようと頑張って
さまざまな問題を乗り越え
時代を乗り越えてきた
私の今あるのは師匠のおかげだ
多くのことを教えてもらった
人生を変えるような大きな影響も受けた

私の師匠は国家的プロジェクトである
1964年の東海道新幹線「ひかり」の開通に携わり
開通式にも招待されている
若い頃1ドル360円の時代にプロペラ機で
アメリカに渡って勉強してきた
その頃はまさに時代の最先端を行っていた人だ

時代が終わった

終わりは始まりだ
つまり2010年今年は始まりの年だ
新たな時代である
今の状態を決して悲観することはない
いつの世も時代は変わる
そして新しいものが生まれる
大事なのはどんなスタンスで
この時代を迎えるのかだ
未来は誰もわからない

しかし普遍的なことはいつの時代も変わらない
正直に
一生懸命に
あきらめずに
責任を持って
そして「傲慢にならず」
肝に銘じ決して忘れず今年を過ごす
                拝 
  
Posted by kkusumi1222 at 06:18時代

2009年12月15日

冬の音

いつものように夜ベットに入る
妙に静かだきっと雪が降っているだろうなと
思いながら眠る

朝起きて今のカーテンを開けると
案の定一面真っ白だ
雪が降ると周りの音を雪消す
緩衝材か吸音材の役目を果たすのかもしれない
朝会社に出勤しても車が通るたびしていた
アスファルトとタイヤの音が消えて
すーという音に変わる

季節を聴覚で感じる
あたりまえに過ごしていた冬を
こんな音で感じるとは思わなかった

普段視覚人間の自分は
もっと他の感覚を磨かないとダメだと思う
もっと敏感になると言うことだ
人間には五感という
素晴らしいものがあることに感謝したい

しかししっかり五感で感じられる
四季のある青森は素晴らしいとも思った


ブログ
  
Posted by kkusumi1222 at 22:21Comments(0)TrackBack(0)環境

2009年11月30日

時間

庭の木々も葉を落として水溜りには氷が張り
冬が少しずつ近づいている
もみじは葉を落としドウダンつつじは真っ赤に紅葉している
ぶどうは取り損ねた一房が木の陰に隠れていた
鳥にもずいぶん食べられた
柿も今年は4個収穫した
去年おととしは1個づつしか実らなかった

ここに越してきてきてもう12年になる早いものだ
12年の間にいろいろなことがあった
振り返ればついこの間のようにも思えるし
ずっと昔のようにも思える

時間の長さの感じ方は不思議だ
個人差もあるし出来事でも違う
物理的には同じかもしれない

地球が誕生して46億年
宇宙が誕生して137億年その中で
人の人生は100年
46億分の100だ
宇宙の誕生からみれば
人の人生は一瞬の光のようなものだ

人は毎日毎日悩み笑い泣いて暮らす

このたった一瞬の時に

そう考えるとなんとなくいろいろな出来事が
ばかばかしく無駄に思えたりする

庭の木々は葉を落として
来年も新芽を出し花を咲かすだろう
中には枯れて終わってしまうものもあるかもしれない
命あるものは必ず無くなる
それが自然だと考えると
いただいた命のある限りそれを遂げるまで
いろんなことができそうだ

サムエルウルマンの「青春」と言う詩の一編が思い浮かぶ    
「青春とは若き肉体のなかににあるのではなく
若き精神の中にこそある」
わたしのすきな詩だ

回りがどうあろうと四季は繰り返す
木や草花は次にどんな花を咲かす
今年よりきれいな花が咲き
多くの実がなるかもしれない
命ある限り
                   拝



庭の木々  
Posted by kkusumi1222 at 21:23人生

2009年11月19日

会話

朝起きて金魚にえさをやる
小さなスプーンに3分の一
金魚はもう超高齢で目が少し白くなっている
あまりよく見えていないのかもしれない

オレ:「お前そっちじゃないだろう」
「そうそうちゃんと食べないと」
「残さないで」
と金魚と会話

リビングで新聞を見ていると
家内:「誰と話しいていたの?」
オレ:「金魚と」
家内:「ふーん」
オレ:「友達いないから・・・・・・」

二人して大笑い!!!
           拝 
          


金太  
Posted by kkusumi1222 at 21:19Comments(0)TrackBack(0)日記、ペット

2009年11月09日

「夢」

夢を実現する
マリナーズは野球のアメリカンリーグで優勝し
松井秀樹はMVPを獲得した
アメリカに渡って7年余りヒザのけがに悩まされ
努力してかなえた夢だった

最近スポーツ、文化、科学の各分野で
注目され成果を出す若い日本人が多くなったような気がする
みんな一生懸命夢に向かって努力している

誰にでも夢はあると思う私にもあるし実行中だ
人から見れば何それみたいなことも
あるかもしれないが人それぞれでいい
皆には平等にチャレンジするチャンスはある
実現したい夢その実現に向かって
一生懸命取り組んでいる姿は周りから見ると
実に美しいと思う
一つの夢を実現して次の夢に向かう
松井もイチローも次に向かっているに違いない

夢が無くなったらそこで選手生命は終わる

「命が終わる」

選手生命とはよく言ったものだ
夢に向かう気力が無くなったときアスリートは引退する
選手生命が終る時だ

人も同じなのかもしれない
夢が無くなったときが
生きる気力が無くなった時なのかもしれない

夢を実現すること
夢に向かって努力すると言う事は
常に多くのことが自分の前に起こる
そのほとんどが辛くて
もうやめたくなることばかりなのかもしれない
でも夢を追うものは夢に向かって一生懸命努力している
その連続である

生きると言うこともそんなことなのかもしれない
釈迦は「生・老・病・死」生きていくことが
本質的に苦しみだと説いた
それは生涯年をとりながら死に向かっていくことだ
しかし老いると言うことは「生きるつらさ」
あわせて「生きるということ」を知っていることでもある
それが人生の修行であり悟りなのかもしれない
またそれが終わることが安らぎだとも説いている

ダライラマ14世は死について著書の中でこう語っている
死は悪いことではないし死について前もって考えていることは大切なことです
そうしておけばいつ死が訪れても不安はないはずです
心構えがあれば死はたいした問題ではないのです」

先日法話を聞お聞きした
なんとなく暖かいものが法王から伝わってくるのを感じた
何か安心感のようなものだ

いづれにしても夢や希望を持って
夢に挑戦し一生懸命生きることが大事だと思う

  
Posted by kkusumi1222 at 22:18人生

2009年10月20日

フナ雄が死んだ

介護の甲斐もなくフナ雄が死んだ
18年の人生?魚生?
人間の年では105歳だ長命だった
自分は出張中で死に目には会えなかったが
家内が埋葬した

我が家には歴代の金魚たちの「金魚塚」と言うか
墓が庭にある
どじょう鮒金魚など埋められている
娘が小さい頃作った物で今でも同じところに埋めている
そんなを見ていると子供たちの小さい頃を思い出す
月日のたつのが早いのと
生きている物の命の大事さを知って
育ったのだと少し安心する

仏教には輪廻という言葉がある
命のあるものは死んで必ず生まれ変わる
古くインドに伝わる一般的な世界観らしい
ヒンズー教の考えが元なのか
それがどこで仏教的な考えになっていくのか
よく私にはわからない

ある宗教学者の書いた本を読むと
釈迦はそのようには考えてはいなかったらしい
生まれ変わって常に何かで行き続けることが
真の私たちの真の安らぎとは考えなかった

「生老病死」生まれ生きて行く事が苦しいことで
苦しいことを断ち切ることに真の安らぎがあり
もう輪廻することもなくこれでこの苦しみも終わる
それが本当の安らぎだと考えていた

偶然手塚治の「火の鳥」のという漫画を見たときに
輪廻が語られていた
シンクロした同じ時期に現れることの意味を感じる・・・・・・
ただの漫画だと今まで思っていたが
手塚治の人気の高さや奥深さも同時に感じた

「死」
もちろん経験したこともないからなんとも言えない
でも生きているものはかならず死ぬ
金魚たちも何かに生まれ変わっているかも・・・・・
                     拝


フナ雄の墓






フナ雄の墓



  
Posted by kkusumi1222 at 22:24人生

2009年10月12日

ICU集中治療室

2005年にブログで金太とフナ雄のことを紹介した
うちで飼っている金魚と鮒だ
知らない人のために少し振り返る
子供たちが小さいころ金魚は宵宮で鮒は池で
釣って来たらしくそれが大きくなって
鯛みたいになったと以前ブログで書いた

前は息子が世話をしていたが
今は私が面倒を見ている人間の年にたとえると
いくつになるのか検討もつかない
かなり高齢でちょっとすれば
老後の面倒を看ている事になるのかもしれない
少し気になるので金魚の年齢を調べた

ドヒャー!

14年で85歳15年で人間の90歳だそうだ
そうするとこの方々はもう軽く100歳を越しているかも・・・・・
いや完全に越している
2,3ヶ月に一回水を取り替えている
青森の水道水で今まで特に病気もせず
健康に過ごしていた

餌は毎朝欠かさずやっている
私が朝起きてトイレに入るとき
餌を催促する(水槽はトイレの前においてある)
足音でわかるらしい
いつもはばしゃばしゃ暴れて餌をねだるが
最近少し元気がないなと思っていたら
なんだか体がふくれてきて目が飛び出してきた
前は鯛みたいだと紹介したが今はふぐみたいになってきた
よく見るとうろこが逆立っている
調べてみると松かさ病という病気だ
大急ぎでホームセンターで水槽を買ってきて隔離した
薬は3包入って1280円
ちょっとした人間の薬より高い
でもそんなことは言っていられない
3割負担という訳にも行かない・・・
薬を入れたら呼吸は前より少し楽になったがみたいだが
餌は食べない
食欲はない脈や体温はわからない・・・・
高齢で体力もなくなっているところを
ウイルスに犯されたのだろう

金太とフナ雄は18年来の友達というより
兄弟のようなものだ
放れ離れでさぞ心配なことだろう
当分面会謝絶である
一日でも早く元気な顔を見たいだろう

わたしたちにしても今まで家族のような存在だし
家族のように繋がっていた

生かされているすべてのものは
その存在に何かしら意味があると感じるし
また亡くなることもまた然りである


  
Posted by kkusumi1222 at 08:09日記、ペット