2012年01月19日

老い

私は見知らぬ人によく声をかける
挨拶をしたり何かを話しかけたり
誰と言う事はないがそのときの雰囲気だ
小さい子やお年寄り年齢は問わない
これが結構様々な気付きがある

先日病院へ風邪をひいて行ったとき
待合室でいすに座っていたら
私の前をおばあちゃんが通って
横にあったマガジンラックに
本を戻そうとしていた
なかなか戻せなくていたときに
戻してあげた
「おばあちゃん風邪でも引いたの?」
と聞いたら津軽弁で

「ボケでさね」
「日にちも曜日もわからなくなるときもあって・・・・」
「おばあちゃんそんなの私なんかしょっちゅうだよ」
「でも名前もかけなくなるときもあるのさ・・・・・」
慰めたつもりが
後が続かない・・・・

後で思った
「現実」
誰にでも必ず来る「老」
自分にも近い将来必ず来ると
                         拝
  

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2012年01月05日

新年

新しい年が明けた
昨年大きな震災が起きて
早いもので9ヶ月が過ぎようとしている
今回の震災で多くのことを
私たちは問われた
今まで忘れかけていたこと
物質的な豊かさだけを求めてきた気がする
私たちは何か大事なものを
置き忘れてきたような気がする
今気付きはじめた
本当に大事なことに気付き始めた

今年も母親と子供たちみんなで
にぎやかな正月を過ごせた
餅も食べれた
ありがたいことだ


もち












毎年家内の実家から届く杵つきの餅
  
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2011年12月04日

家系図

我が家には家系図がある
息子と家系の話で盛り上がった
自分は小さいころ親父の実家に行ったことがある
大きな家で今文化財になって残っている
大地主で裕福だった
それに比べ母の家は小作の貧乏な家だった
母は長女で小さいころから働き手で
借り子にも出されたそうだ
辛い子供時代だったのだろうと思う
それからもう70年以上が過ぎ
母は今が一番幸せだと話す
私は何もしていないが
妻が実の親のようにしてくれるからだ

自分ももうじき56歳を迎えるが
本当に時の過ぎるのが早いと感じる
なんという法則か忘れたが
その人の一年と言う時間の長さは
今の歳が分母になり分子は1になる
私の場合一年と言う時間の長さは56分の一になる
10歳の少年であれば10分の1になる
生まれて生きた経験の量に比例すると言う
歳をとればとるほど一年が短く感じられる
のはそのせいだという法則だ
振り返るといろんなことがあった
だんだん一年が短かくなってきている
将来も大事だが今はもっと大事だ
人間いつどうなるか分からない

先日の健康診断で「心臓病の疑いあり」
要再検査という検査結果が送られてきた
気持ちが沈む・・・
予約を入れ翌々日専門医で検査した結果
「異常なし」よかった〜
母と同じくらい生きれる確約はない
明日は誰にも分からない
今を一生懸命生きることが大事だと
いつも考えながら暮らしてはいるが
そんな検査結果を突きつけられと・・・・・
健康の大事さ
時間の大事さを実感する

母くらいの年齢になるころ
自分はどうなっているんだろうと
考えたりすることがあるがナンセンスだ
運命は変えられるが
命は与えられたもので変えられない
なん分のなんまで生きるのか
誰にも明日はわからない
今を一生懸命生きると再認識する


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Posted by kkusumi1222 at 20:44

2011年04月05日

つながり

大震災が起こり余震はまだ続いている
現地の復興はこれからが大変だ

仮設住宅建設の依頼が来た
場所は宮城県としかまだわからない
棟梁達に集まってもらって事情を話す
現場の内容はかなり厳しい状況で
最悪の場合テントに寝泊りして
作業をしなければいけない
風呂は入れない電気もなく発電機の作業になる
当然被災者と同じ環境下で作業をすることになる
そんな状況を説明する
余震も続いている安全ではないところに
あえて行ってもらう
説明するほうも強くは言えない
判断は棟梁にゆだねる
被災者のことを考えなければやれない仕事だ

3日後各棟梁全員から
行ってくれるという返事をもらった

なんというか本当に心強い感じがした

いつも何か出来ることがあればと
思いつついるがたいした事も出来ない
そう思いながら時間だけが過ぎて行く

一人では何も出来ないけれど
人と人のつながりがあれば何か出来る
皆で支えあうと言うことは
こんなことなのかもしれないと感じた

現場は厳しいが仕事を終えたとき
自分たちは帰れる家がある
家族が待っている
それがいつも心の支えになっている
日常当たり前のことだと思っている

しかしこれから行く被災者の皆さんには帰る家がない
人によっては帰りを待つ家族もいなくなった現実がある
そんなことを考えるとこの世の無常を感じる
                    拝
  
Posted by kkusumi1222 at 11:10Comments(0)TrackBack(0)

2011年03月17日

謹んで被災された皆様にお見舞い申し上げます

このたびの東日本大震災にて
被害を受けられた皆様に心よりお舞い申し上げます
一日も早く復旧されますよう心よりお祈り申し上げます
                      株式会社リーファ 楠美清


去年の連休が終わった5月8日
私がマラソンの練習を始めて約半年が経ち
始めてのマラソン大会「八戸うみねこハーフマラソン」
それまでは私がマラソン大会に出るとは
自分でも思ってもいなかった
21キロを走れるとも思っていなかった
前日八戸に入り興奮しながら大会日を向かえ
スタートに立ち号砲と共にスタートした
コースはちょうど八戸漁港から蕪島種差海岸へと回る
今回の地震で津波に遭った所でした
沿道で近隣の方たちがランナーを
一生懸命応援してくれていた
おばあちゃんやおじいちゃんがゴザを敷いて地べたに座って
お母さんお父さんそして小さな子供も
一生懸命応援してくれました
応援に励まされ苦し中にもなんとか
はじめてのマラソンレースを完走した
そんな方たちの姿が印象的で思い出される
何とか皆さん無事でいてほしい

先日ラジオで収録をしながらそのことを思い出し
涙があふれてきた
このたびの震災は私たちが経験したことのない
未曾有の出来事です
みんなが力を合わせてこの困難を乗り切らなければならない
そうは言っても離れていて何もしてあげれない
皆さんの悲しみもはっきりいって共有は出来ない
しかし被災者の皆さんの思いは感じられます
小さなことでも私たちが出来る事はたくさんあります
できることをやりましょう
みんなで力をあわせれば必ず乗り切れる
あの戦災さえ乗り切った日本人だから
必ず、必ずできる
                              拝



  
Posted by kkusumi1222 at 22:39

2011年03月15日

限界

最近街を走る市民ランナーをよく見かけるようになった
マラソンがブームで大会も多く催される
その大会もメジャーなものはあっという間に
定員になり締め切られ地方の草大会もかなり人が集まる

先日こんな記事が朝日新聞に掲載されていた
マラソン大会にはハーフ、フルマラソンなど
種目がいくつかに分かれているがランナーは
フルで一般的にはその距離の70%のところに山場が来るらしい
よく専門誌を見るとフルでは30キロの壁があると
どのマラソン雑誌を見ても書かれている
確かに走ると30キロを越えた頃全身が重くなり
苦しくて走れなくなってくるこれは前にもここで書いた

それでは100キロマラソンでは
30キロで山場があるかと言うとそうではないらしい
それは70キロ付近であるらしい
一般の市民ランナーレベルでは普段の練習から
そのように脳が体に指示を与えるらしいと
運動生理学者は言っている
それも練習量で個人差はあるものの
30キロの手前できたり35キロを超えた頃きたり
もちろんその日の調子によっても違うが
市民ランナーはそのレベルらしい
しかしトップアスリートはそうではない
マラソンの世界記録保持者ハイル・ゲブレシラシエ(エチオピア)は
30キロくらいで疲労感は出したりしなくて
さらにラストスパートをかける
先日の横浜国際女子マラソンの岡崎は5キロ手前から
ラストスパートをかけた1キロ当たり3分少々だ
東京マラソンの川内はラスト2.195キロで
トップより早いタイムだった
考えられないくらいのスピードが残っている
普段の練習で自分の限界を常に先へ先へと伸ばしていく
トップアスリートはやはり違う練習の賜物なのだろう
都合よく脳だけ鍛える事は出来ない

そう考えると私たちは普段プロとして仕事はしているが
その限界を70%で決めてはいないだろうか
プロはやはりその限界を超えた仕事が出来なければいけない
果たしてそう考えて果敢に挑戦している者はどれほどいるのだろう
        拝
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Posted by kkusumi1222 at 21:09

2011年02月28日

生きるということ

私たちの周りには常に何か起きる
健康だと思っていたのに
病魔に侵されたり
仕事に挫折をしたり
身内の死に会い
友人の死に会う

打ちのめされ心が折れるくらい
大変な思いをすると
なぜ自分ばかり
こんな目に遭うのだろうと思う

いつも自分の思い通りになれば
ずっと今のままでいたいと思う
そしてそれがいつまでも続くと勘違いする
自分中心に世界が動いているように思う

しかしまわりはどんどん動いている
そしてその望みは打ち砕かれたとき
私たちは苦に直面する
自分の思い通りにしたいと言うことで
無理がかかり苦しみが起こる

釈迦はそれを生きる苦しみだと言っている
ではそれを解消するにはどうしたらよいのか?
それは自己を中心に考えると言うことをやめ
出来事を客観的に見れる心を養うことだと説いている

そう考えてはいても
忘れて自我が出る
それが生きていると言うことなのだろうと思う

私はいつも自我だらけで
失敗し反省しながら毎日生きている
死ぬまで続く
生きるということはそんなことの
繰り返しなのかもしれない
                   拝

20090707 高野山 お水取り  046















冬の高野山奥の院  
Posted by kkusumi1222 at 23:06

2010年12月31日

2010年という年

2010年を振り返ってみるといろんなことがあった
時間が過ぎると忘れてしまう
人間は忘れることが出来るから良いらしい
でも忘れられないこともある

今年一つの目標としていたのが
フルマラソン完走だ
今まで走ることが大嫌いで
まして自分がマラソンを始めるとは
まったく考えられないことだった
それが去年の10月の末から
少しずつ走り始めた
きっかけをよく聞かれるがいろいろあった

今年は10キロマラソンとハーフマラソンにも出た
慣れてきてなんとなくフルが走れそうな気がしてきたが
当たり前のことだが距離はハーフの倍だ
42.195キロはなんとなく自信はなかった
早朝や夜は走り込んだが心配だった

初フルマラソンレースは
去年10月弘前白神アップルマラソンだ
スタート時間が迫ると緊張する
号砲が鳴って走り始めた
レースのたびに思うのが
なんでこんなに苦しい事を
始めたんだろうと

フルマラソンはまったく別物だった
よく聞いてはいたが
30キロの壁が待ち構えていた
だいぶ走った
あと7キロ
35キロを過ぎたあたりから
急に体に体が重くなる
鉛の袋をぶら下げられてような感じがして
急にペースが落ちる
こうしてフルマラソンの洗礼を受けた
そしてゴールをした
なんともいえないいい気持ちだった
そんなフルマラソンを経験した

東京マラソンは落選した
新年もも多分走り続ける
                  拝

マラソン 004





















弘前・白神アップルマラソンゴール  
Posted by kkusumi1222 at 20:22Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月22日

誕生日を迎えて

12月22日は55歳の誕生日だ
お袋に聞いたら生まれたのは午前4時頃らしい
母子手帳がないのでお袋の記憶しかない
その記憶も当てにならないような気がする
男3人の兄弟だが
お袋の中で3人の記憶が
混ざっているような気がする

55歳になって特にこれと言って変わった事もないが
ただ12月22日は冬至に当たる
わたしはこの日が大好きだ
特別かぼちゃが好きなわけでもないが
一年で一番日の短い一日
翌日から少しずつ夏至に向かって
日が長くなる
日が長くなるというだけで
なんとなくなぜか
ワクワクして元気が出てくる
そんなことを思うと
じっとしていれない感じがする
アウトドアタイプなのかもしれない

お日様は冬至を境に夏至に向かう
真逆に向かう
陰陽をまさにわかり易く証明してくれている
流れとは正にこういうことだろうと思う
変わらないこと
しかし確実に変わること
流れに逆らわないこと

  
Posted by kkusumi1222 at 06:11Comments(0)TrackBack(0)

2010年11月04日

判断

私たちは日ごろ常に様々な判断をしながら生きている
それによってうまくいく事やうまくいかない事とが分かれ
結果として出てくる

じゃあその判断はどのようにされるのだろうか
ある雑誌を見たら判断は知識+直感とあった

私は直感=無意識と解釈した

知識とは教育や経験だ
教育や経験
高学歴の人たちはたくさんいる
MBAを取得すればビジネスが成功するとは限らない
学歴や経験だけでは成功しない

中学校や高校中退した人でも
成功している人はたくさんいる
本田宗一郎や松下幸之助はそうだ

直感が必要だ
直感とは潜在意識だ
潜在意識とは
資質や倫理観、価値観
それと育った環境だ
しかしそれだけでもだめだ
そこにはエゴ(自我)が必ず顔を出す
グレムリンやサボタージュだ
良い判断とはそれらも見方にしてしまう

ありきたりの言葉だが
何かをやり遂げるにはやはり
それを成し遂げようとする
精神力だ
それは自らチャレンジしないと掴めない
                  拝
  
Posted by kkusumi1222 at 22:56Comments(0)TrackBack(0)